こんにちは、panicoです。
今日は初めてパニック症状がでたときのことを振り返ってみたいと思います。
パニック症になったばかりのころはとにかく不安で、同じような体験をしている人がいないか、
個人ブログをネット検索したのですが、あまり出てきませんでした。
体験談がネット上に少ない理由として、以下のことが考えられます。
パニック症は、症状にとらわれずに生活できることが治療目標。
良くなっている人はもうすでに症状を気にせず日常生活を送っているので、
わざわざ症状エピソードを思い出してネットで発信したりしないのではないかと。
なので他の病気に比べて「自分はこうでした!」という体験談がシェアされにくいのでは?
と思ったりしています。
panicoもついこの間までは、思い出すのもイヤだったのですが、
もう大丈夫、と思えるところまできたので、記事にしてみます。
いつ

時はコロナ禍の2020年、世の中は緊張感と不安に包まれ、人々はマスクを身に着け、
緊急事態宣言で外出が制限されていた時期でありました。
私も当然に不安だったのですが、母であり、カウンセリングを仕事にしている者として、
「ケアする側が不安を外にだしてはいけない」と、自覚さえしないようにしていました。
どうにか表面的に明るさを保っていたかった、そんな時期でした。
どこで

当時私は仕事をいくつも掛け持ちしていて、日によって違う職場に通っていたのですが、
その日は電車で30分くらいの通い慣れた職場への通勤で、
朝いつものように、始業時間にギリギリ間に合う電車に乗っていました。
あまり混んでいない時間帯で、車内の長椅子に座ってスマホを見ていました。
多分コロナ関係のニュース記事でも読んでいたのでしょう。
発作が出たのは、そんないつも通りの通勤電車内でした。
どうなった

突然、めまいと、頭がクラクラした感じのあとに、動悸と息苦しさに襲われました。
震えと、感覚がなくなるような感じもありました。
よくパニック発作のときに「死への恐怖」を感じる人も多いといいますが、
私の場合は、「頭おかしくなりそう」、「今すぐ逃げ出したいのに逃げられない(電車だから)」、
「どうしよう、どうしよう」とまさにパニックで、死ぬかもしれない不安は無かった気がします。
また、うっすら「このまま途中下車したら遅刻しちゃうなぁ」というのも
頭をよぎりました。(いつもギリギリの電車に乗っているからね)
とにかく初めての身体の反応で、とても怖かったのを覚えています。
その状態は多分5分も続いていないと思うけれど、とっても長く感じました。
どうやって乗り切ったのだろう。
スマホを見るのはやめて、外の景色を見たり、お茶をこまめに飲んだり、
気を紛らわすものはないかと探したり、そわそわしていたんじゃないかと思います。
できる限り表に出さずに乗り切ろうと、必死でした。
私は、この時点でこれがパニック症のパニック発作だと気づいていました。
本で学んで、頭に叩き込んだことが、実際に自分の身に起こった。
知識と体験が一致した感覚がありました。
パニック発作中に頭の片隅でこんなことを考えていたなんて、変ですよね・・・。
そうこうしているうちに目的地の駅について、電車から脱出できて症状は落ち着いたのですが、
通勤中も、仕事中も、帰り道(帰りの電車内では発作は起きませんでした)も、
「私はカウンセラーなのに、パニック症になってしまった」とずっと考えていました。
まだ、診断名がついたわけではないのにね。
こころの病気について多少の知識があった私は、
この病気にお薬と精神療法が効くことを知っていたので、
「とにかく早く受診したい」と、発症当日にもう考えていました。
その後、数回のプチ発作を経て、だいぶ日にちがあいた後、ようやく受診できたのですが、
受診~治療中のことはまた別の記事に書きたいと思います。
また、あの時期、あの日、あの場所で発症した要因についても、
自分のなかでなんとなくまとまってきたので、別の機会に書いてみますね。
以上、発症当日のことでした。
編集後記:
今まで誰にも、発症した日のことをこんなに詳細に話したことはなかったです。
私の中では思い出したくない記憶の1つであり、ずっと意識に上ってこないようにしていました。
私はカウンセラーのくせに、語彙が少なくて、言語化するのに苦手意識があって。
特に自分のこととなると、言葉にして楽になるというよりも、また自分に返ってくる感じがして。
パニック症のこともぼんやりさせたままのほうがラクだから、あまり言語化せずにきました。
こんな性分の私がカウンセラーだなんて、ほんとうに不思議です。
今回この記事は気が向いたから書いているだけで、ちゃんとした理由も目的もないのですが、
自分が避けてきた「言語化」というステップは、今後の更なる回復の助けになると思っています。
なので自分のために、試しに書いてみました、ということになります。
ここまで読んでくださったかた、お付き合いくださいましてありがとうございます。
この記事が、どこかの誰かのつらい気持ちを紛らわす時間に役に立てばうれしいです。
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